AI時代、日本のアニメ・漫画は「デジタル版JASRAC」で稼げるのか?
2026年9月11日のテレビ東京「WBS(ワールドビジネスサテライト)」で、生成AIと日本のIP(知的財産)をめぐる興味深い動きが取り上げられました。
中心となるのは、NEXYZ.Groupのグループ企業などが進める「IPとAIの共創インフラ」です。
そして、この動きについて早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が示した考え方が、非常にわかりやすいものでした。
いわば、「アニメや漫画におけるデジタル版JASRAC」という発想です。
これは、日本のアニメ、漫画、ゲーム、キャラクターなどをAIから単純に「守る」のではなく、「正しく使ってもらい、その利用料を権利者に還元する仕組みを作る」という考え方です。
実は、この発想はAI時代の日本IPビジネスを考えるうえで、非常に重要な意味を持っています。
そもそも、なぜ「JASRAC」が参考になるのか
音楽の場合、作詞家や作曲家が、自分の楽曲が使われるたびに世界中の利用者と個別に契約することは現実的ではありません。
そこでJASRACのような著作権等管理事業者が、権利者に代わって利用を許諾し、使用料を徴収し、権利者へ分配する仕組みが発達してきました。
つまり、「使わせない仕組み」ではなく、
「使ってもらい、その分のお金をきちんと権利者へ戻す仕組み」
と考えると理解しやすいでしょう。
ところが、漫画、アニメ、ゲーム、キャラクターなどでは事情が複雑です。
一つの作品にも原作者、出版社、アニメ制作会社、放送局、キャラクター権利者など複数の関係者が存在する場合があります。
さらに生成AIが登場したことで、「誰が、どの作品を、どのAIで、どのように利用したのか」を従来の人手中心の権利処理だけで管理することが難しくなってきました。
そこで必要になるのが、複雑な権利を集約する、AI時代の新しい「権利処理インフラ」です。
「Kagami Gate」はAI時代のIPの改札口
その一つとして登場したのが、KAGAMIAI Holdingsが開発する「Kagami Gate」です。
イメージとしては、駅の「自動改札」や高速道路の「ETC」に近いでしょう。
AI企業やクリエイターが日本のIPを利用するときに、
「このキャラクターは利用可能」
「この用途は禁止」
「この条件ならAI生成可能」
「利用されたら料金を計算する」
「利用料を権利者に分配する」
といった処理を、デジタル上で効率的に行おうというものです。
これまで著作権ビジネスの大きな問題だった「許諾を取るのが面倒」という取引コストを、テクノロジーによって大幅に下げられる可能性があります。
『キャプテン翼』で約33万件のAI生成
この構想が単なるアイデアで終わっていない点も重要です。
2026年に行われた『キャプテン翼』と動画生成AI「PixVerse」の実証実験では、45日間で329,314件の正規ライセンスによるAIコンテンツ生成が記録されました。
参加したクリエイターは12万人を超え、195以上の国・地域から参加しています。
さらに、作品のルールに反すると判断され削除された生成物は451件、全体の約0.14%でした。
これは非常に興味深い数字です。
AIによる二次創作を全面的に禁止するのではなく、あらかじめ「ここまでは使ってよい」というルールを設定して、世界中のファンに公式な創作の場を提供する。
そうすることで、ファンは単なる「見る人」「読む人」から、「作品を使って新しいものを作る人」へ変わります。
IPビジネスそのものが変わる可能性があります。
「デジタル版JASRAC」が実現すると何が変わるのか
ここで入山教授が示した「アニメ・漫画のデジタル版JASRAC」という考え方が重要になります。
仮に日本のアニメや漫画について、AI企業が簡単に正規ライセンスを取得できる共通基盤ができたとします。
すると、世界中のAIサービスから、
「このキャラクターを使いたい」
「この漫画の世界観で動画を作りたい」
「このIPをゲームに利用したい」
という需要を取り込めるようになります。
一回あたりの利用料が小さくても、AI時代には利用回数が桁違いになる可能性があります。
つまり、「高額なライセンスを少数の企業に売るモデル」から、
「少額のライセンスを世界中で大量に処理するモデル」への転換です。
これは、音楽がCD販売中心からストリーミング中心へ変化したことにも似ています。
日本IPの収益モデルは「作品を売る」から「利用されるたびに稼ぐ」へ
これまで日本のコンテンツ産業は、漫画を売る、アニメを放送する、映画を公開する、ゲームを販売する、グッズを販売するといった形で収益を得てきました。
もちろん、これらのビジネスは今後も重要です。
しかしAI時代には、もう一つの収益モデルが加わる可能性があります。
それが、
「IPが利用されるたびに収益が発生するモデル」
です。
たとえば世界中で100万人が好きな日本のキャラクターを使ってAI動画を作ったとします。
一回あたりの利用料が小さくても、利用回数が数千万回、数億回になれば大きな市場になります。
しかもデジタルなので、海外への輸送コストはほとんどありません。
日本IPにとって、これは非常に大きな可能性です。
「無断利用」は見方を変えれば「巨大な需要」でもある
生成AIと著作権をめぐる議論では、
「勝手に学習された」
「キャラクターを無断で生成された」
という問題が注目されがちです。
もちろん、権利者の意思を無視した利用を放置してよいわけではありません。
しかしビジネスという観点から見ると、別の見方もできます。
無断利用が大量に起きているということは、
「そのIPを使いたい人が世界中に存在する」
という需要の表れでもあります。
問題は、その需要を権利者の収益に変える仕組みが十分に整っていなかったことです。
禁止するだけなら、その需要は地下に潜ります。
一方、
「このルールなら使えます」
「この料金を払えば公式に利用できます」
という入口を用意すれば、無断利用の一部を「正規市場」に変えられる可能性があります。
ここが「IP×AI共創」の最大のポイントでしょう。
ただし「デジタル版JASRAC」には課題もある
一方で、仕組みを作ればすべて解決するわけではありません。
特に重要なのが、誰がどの権利を持っているのかという「権利情報の整理」です。
漫画やアニメには、著作権だけでなく、契約上の権利、商標、キャラクター利用、場合によっては俳優・声優などの肖像や声に関する問題も絡みます。
また、
「AI学習を許諾するのか」
「生成だけを許諾するのか」
「商用利用を認めるのか」
「二次生成物の権利をどう扱うのか」
「海外利用の収益をどう分配するのか」
といった契約ルールも必要になります。
したがって、AI時代だからこそ、技術だけではなく「契約」が重要になります。
AIが権利処理を不要にするのではありません。
むしろ、
「AIによって大量利用が可能になるからこそ、契約条件を事前に明確にする必要がある」
のです。
日本が「世界のIPライセンス市場」を握れる可能性
日本には世界的に評価されている漫画、アニメ、ゲーム、キャラクターが数多く存在します。
これまでは「作品を作る力」が日本の強みでした。
しかしこれから重要になるのは、
「作品を世界中で安全に使ってもらう仕組みを作る力」
ではないでしょうか。
もし日本発のIPライセンス基盤が世界標準になれば、日本は単なる「コンテンツ輸出国」ではなく、「世界のIP取引インフラを提供する国」になる可能性があります。
ここには非常に大きなビジネスチャンスがあります。
行政書士・中小企業にも無関係ではない
この変化は、大手出版社やアニメ会社だけの話ではありません。
地域のキャラクター、企業のマスコット、イラストレーターの作品、写真、デザイン、動画などもすべてIPです。
これから中小企業にも、
「自社キャラクターをAIに使わせてもよいのか」
「AI利用を契約書にどう書けばよいのか」
「海外のAI企業から利用の申し出が来たらどうするのか」
といった相談が増えていくでしょう。
ここでは、AI技術そのもの以上に、
「誰が権利を持ち、誰に、何を、どこまで許諾するのか」
という契約設計が重要になります。
これは、著作権や契約実務に関わる行政書士にとっても、新しい専門分野になり得ます。
AIは日本IPを奪う存在から「稼ぐパートナー」へ変わるか
生成AIと著作権をめぐる議論は、これまで「AIから作品をどう守るか」が中心でした。
しかし、NEXYZ.Groupや日本IP.AI共創協会などの取り組みが示しているのは、その一歩先です。
「守るか、使わせるか」という二者択一ではなく、
「守りながら、正しく使ってもらい、対価を受け取る」
という第三の道です。
その意味で、「アニメ・漫画のデジタル版JASRAC」という考え方は、AI時代の日本IPビジネスを非常にわかりやすく表現しています。
日本が得意としてきたのは「魅力的な作品を作ること」でした。
これから必要になるのは、その作品を世界中のAIやクリエイターが安心して利用でき、利用されるたびに原作者や権利者へ利益が戻る「仕組み」を作ることです。
AIによってコピーが容易になった時代だからこそ、「利用を禁止する技術」だけではなく、「利用を収益に変える仕組み」が重要になる。
日本のアニメ・漫画・ゲームという巨大な文化資産に、AIによって新しい「料金所」を設ける。
そこから生まれる収益を、クリエイターへ適切に還元し、次の作品づくりにつなげる。
もしこの循環を日本が世界に先駆けて構築できれば、生成AIは日本IPの脅威であるだけではなく、日本のコンテンツ産業を世界市場でもう一段成長させる強力なエンジンになるのではないでしょうか。
