富士フイルム「本業喪失からの大変貌」に学ぶ中小企業の経営
2026年10月29日、テレビ東京「カンブリア宮殿 スペシャル」で放送された「進撃の富士フイルム!本業消失からの大変貌」。
ゲストは富士フイルムホールディングス社長CEOの後藤禎一氏でした。
番組が描いたのは、写真フィルムという「本業」が事実上消滅した会社が、いかにして売上3兆円超の企業へ変貌したか、という話です。
私がこの番組を見て強く感じたのは、これは巨大企業の成功譚ではなく、従業員10人、20人の会社にもそのまま当てはまる経営の教科書だということでした。
ここでは、番組の内容を事実として整理したうえで、中小企業の経営者が明日から使える形に落とし込みます。
単なる感想ではありません。
最後に、事業転換のときに必ず発生する「法務の地雷」についても、行政書士の立場から具体的に触れます。
番組で語られた事実を、まず押さえましょう
数字を確認しておきます。
- 富士フイルムホールディングスの2026年3月期連結売上高は3兆3,570億円(前年比5.0%増)、営業利益3,502億円、純利益2,767億円で、いずれも過去最高を更新しました。
- 一方、2000年をピークに写真フィルムの世界需要は約10年で10分の1以下にまで縮小。当時、写真関連事業は売上の約6割、営業利益の3分の2を稼いでいました。つまり利益の源が、10年でほぼ消えるという状況に置かれたのです。
- 現在の事業領域は、医療機器、化粧品(アスタリフト)、複合機、半導体材料、バイオ医薬品の受託製造、そしてインドでの展開にまで広がっています。
- そして後藤社長が繰り返し発した言葉が「写真事業はやめない」。
インスタントカメラ「チェキ」は、いまや約2,000億円を稼ぐ事業に育っています。
ここで注目すべきは、チェキが「過去の遺物の復活」ではない点です。
デジタル全盛の時代に、あえてアナログの即時性と物理性を商品価値として再定義した。これは立派な新規事業です。
教訓1 「本業」を製品ではなく、技術で定義する
中小企業の経営者が最もよく間違えるは、自社の本業を「製品名」で定義してしまうことです。
「うちは印刷屋です」「うちは製材所です」「うちは呉服屋です」。
この定義の仕方では、市場が縮小した瞬間に自社の存在理由まで消えてしまいます。
富士フイルムは違いました。フィルム事業で培った中身を、こう捉え直したのです。薄膜を均一に塗る技術、微粒子を分散させる技術、光学設計、画像処理、材料の劣化を防ぐ解析力。これらはフィルムが売れなくなっても価値が減りません。
だからこそ化粧品の肌への有効成分の浸透に、半導体のフォトレジストに、医療画像の診断支援につながった。
あなたの会社が売っているのは、製品ではなく「機能」です。
その機能を一言で言い表せますか?
言い表せないなら、まだ本業を製品名でしか見ていないということです。
教訓2 危機は「景気」ではなく「構造」で読む
「最近、仕事が減ってきた」。
多くの経営者はこれを景気循環として処理します。
だから耐える。耐えれば戻ってくると考える。
しかしフィルムの需要は戻りませんでした。
景気ではなく、技術による構造的な代替が起きていたからです。
ここで問いたいのは、あなたの会社の売上減少は、循環か、構造かという点です。
判断の材料は3つあります。
第一に、業界全体の出荷統計が5年、10年でどう動いているか。
第二に、顧客の「買い方」が変わっていないか。
第三に、代替手段のコストが下がり続けていないか。
この3つが同時に悪化しているなら、それは構造です。
耐える経営は、緩やかな死を先延ばしにするだけです。
教訓3 多角化は「脈絡」から始める。飛躍は失敗する
「多角化」と聞いて、まったく別の商売に手を出す経営者がいます。飲食店がアパレルを始める、工務店がカフェを開く。成功例がないとは言いませんが、再現性は低い。
富士フイルムの多角化には一貫した脈絡があります。
自社の技術が効く領域、そしてすでに信頼関係のある顧客が困っている領域。
この2つの交点に投資してきた。
化粧品も、医療も、半導体材料も、すべて「フィルムを作る力」の延長線上にあります。
中小企業版に翻訳すればこうです。
新規事業の候補は、必ず「既存の技術・設備・人材」×「既存顧客の未解決課題」のマトリクスから探す。
そこにないアイデアは、たとえ魅力的に見えても、いったん保留にする。
これだけで失敗確率はかなり下がります。
教訓4 「やめない」という経営判断の重み
いちばん面白いのはここです!
富士フイルムはフィルム事業から撤退しなかった。
撤退しなかった理由は感傷ではありません。
フィルムは、化学メーカーとしてのブランドの核であり、技術者を育てる教育装置であり、顧客との接点そのものでした。
そして何より、需要が縮んでも利益の出る規模に最適化すれば、事業として成立すると判断したからです。
中小企業にあてはめるなら、「不採算部門は即撤退」という教科書的な正解を、一度疑ってみる価値があります。
その部門が、社員の技術を鍛えているのか。
顧客の入口になっているのか。
会社のidentityを支えているのか。
撤退の判断は、損益計算書だけで下すものではありません。
ただし、これは「赤字を放置せよ」という話ではありません。
縮小しながら収益を残す形に作り替える。
チェキの再生は、まさにその設計でした。
教訓5 意思決定の速さと、投資の規律
富士フイルムは2000年代、医療や化粧品の領域に相次いで大型投資・M&Aを行いました。重要なのは、危機が「顕在化する前」に動いたことです。
中小企業には大型M&Aの資金はありません。
しかし、同等の効果を持つ行動はあります。
小さく試して、早く畳む。
新規事業に100万円と半年を投じ、検証してから次の判断をする。
この積み重ねは、3兆円企業の意思決定と同じ構造です。
違うのは金額だけです。
同時に忘れてはならないのが、人材の配置です。
事業転換とは、人が変わることでもあります。
新しい仕事を任せる人がいなければ、計画は絵に描いた餅になります。
富士フイルムがフィルム技術者を化粧品や医療の現場に異動させ、技術の「翻訳者」として機能させたように、中小企業でも「あの人をどこに置くか」を事業計画とセットで決める必要があります。
社員が一人抜けたら回らない体制のまま新事業に手を出すのは、転換ではなく単なる負荷の追加です。
よくある反論に答えておく
「うちは中小企業だから、多角化なんて無理だ」
この言葉を、私は何度も聞いてきました。
しかし、よくよく話を聞くと、できない理由は資金ではなく、現在の事業の採算構造を誰も正確に把握していないことである場合がほとんどです。
どの製品がいくら儲かっているのか、どの顧客にどれだけ手間がかかっているのか。これが分かっていない会社は、新しい事業の採算も判断できません。
多角化の第一歩は、勇気ではなく、現状の分解です。
教訓6 事業転換には、必ず「法務の地雷」が埋まっている
ここからは、行政書士として現場で見てきた話をします。
番組では華やかな成長の側面が描かれましたが、事業転換の現場では、必ず次のような問題が発生します。
- 許認可の問題
扱う商材やサービスが変われば、必要な許認可も変わります。
医療、介護、食品、運送、建設、人材紹介…。
新規事業が規制業種に触れることは少なくありません。
無許可営業は、罰則だけでなく信用の即死につながります。 - 契約書の穴
既存の取引基本契約書が、新事業の取引実態と合っていない。
責任範囲、瑕疵担保、知的財産の帰属、秘密保持。
古いひな形をそのまま使っている会社は驚くほど多いです。 - 知的財産の帰属
共同開発や業務委託で生まれた技術やノウハウが、誰のものか決まっていない。
これは転換期に最も紛争になりやすい領域です。 - 補助金・融資の条件
事業転換に使った公的資金には、用途変更の制約や報告義務があります。
事後的に返還を求められる事例も存在します。 - 事業承継との衝突
転換の途中で後継者にバトンを渡すと、「何の会社なのか」が説明できず、金融機関も従業員もついてこない。
承継の設計は、転換の設計と同時に進める必要があります。
これらは、起きてからでは遅いです!
事業計画を作った段階で、法務のチェックを一回通す。
これが、転換の成功率を最も安く引き上げる方法です。
中小企業版・実践チェックリスト
最後に、明日から使えるチェックリストを置いておきます。
- 自社の「機能」を、製品名を使わずに一文で説明できるか
- 主要事業の市場は、5年後・10年後に何割残るか。統計で確認したか
- 新規事業の候補は、「自社の強み」×「既存顧客の課題」の交点にあるか
- 縮小しても利益が残る形に、既存事業を作り替えられないか
- 新事業に必要な許認可、契約、知財の帰属を、着手前に確認したか
- 事業承継のスケジュールと、転換のスケジュールは整合しているか
結論
富士フイルムの事例が教えるのは、「本業を守る」とは「現状を守る」ことではないという逆説です。
本業の本質を技術と顧客関係に見定め、そこから何度でも形を変えて作り直す。
それがあって初めて、会社は存続します。
そして、形を変えるたびに、契約と許認可と知財の整理が必要になります。
ここを飛ばした転換は、成長の途中で足をすくわれます。
当事務所は、中小企業の事業転換・事業承継に伴う契約書の確認、許認可の整理、知的財産の取り扱いのご相談を承っています。
「うちの会社の本業って、何だろう?」
その問いから、一緒に考えましょう!
