学習データ開示と著作権保護はどう変わるのか
生成AIの普及によって、「自分の文章やイラスト、写真がAIの学習に使われているのではないか」という不安が、著作権者やクリエイターの間で広がっています。
こうした問題に対応するため、政府は2026年8月25日、「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」を公表しました。
ポイントは、生成AIの学習を一律に禁止するのではなく、AI事業者に透明性と知的財産権への配慮を求めることです。
プリンシプル・コードとは何か
「プリンシプル・コード」とは、生成AIの開発・提供を行う事業者に対し、AIモデルや学習方法、学習データなどに関する情報の公表、知的財産権を保護するための取組などを求める自主的な行動規範です。
法律によって一律に義務を課す方式ではなく、原則を受け入れるか、受け入れない場合にはその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方が採用されています。
したがって、プリンシプル・コードそのものに法律と同じ強制力があるわけではありません。
一方、政府への届出を行った事業者は公表される仕組みですから、今後は「プリンシプル・コードにどのように対応しているか」が、生成AI事業者の信頼性を判断する一つの材料になる可能性があります。
なぜ「学習データの透明性」が重要なのか
日本の著作権法では、AI学習について比較的柔軟な仕組みが採用されています。
特に重要なのが著作権法30条の4です。
同条は、著作物に表現された思想・感情を「享受」することを目的としない情報解析などについて、一定の条件のもと、著作権者の許諾を得ずに著作物を利用できるとしています。
文化庁も、AI開発のため著作物を学習用データとして収集・利用する行為が、この規定の対象となり得ることを示しています。
ただし、「AI学習なら何をしても自由」という意味ではありません。
享受目的が併存する場合や、著作権者の利益を不当に害する場合などには、30条の4が適用されない可能性があります。また、生成された文章や画像について既存の著作物との「類似性」と「依拠性」が認められれば、通常の著作権侵害の問題が生じる可能性があります。
そこで重要になるのが、そもそも、どのようなデータを使ってAIが作られたのかという透明性です。
権利者は「学習されたか」を確認しやすくなる
プリンシプル・コードでは、AIモデルに関する情報や学習方法、学習データに関する情報、知的財産権保護の取組などを事業者がウェブサイト等で開示することが求められます。
さらに一定の条件のもとで、権利者などから照会を受けた場合の対応も求められます。
これはクリエイターにとって大きな意味があります。
これまでは、自分の作品がAI学習に利用されたのではないかと疑っても、学習データの中身が分からず、確認すること自体が難しいケースがありました。
透明性が高まれば、権利者が著作権侵害の可能性を検討するための手掛かりを得やすくなります。
もっとも、営業秘密やAIの安全性に関係する機微な情報まで無制限に開示する制度ではありません。権利者の利益とAI事業者の正当な秘密・安全性をどう両立させるかが制度の重要なポイントです。
根拠にあるのは「規制」だけではなく「創造・保護・活用」のバランス
今回の動きを理解するうえで、知的財産基本法も重要です。
同法は、知的財産の「創造、保護及び活用」に関する施策を集中的・計画的に進めることを目的とし、23条で知的財産推進計画、24条以下で知的財産戦略本部について定めています。
また、2025年に成立した「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」も、AIのイノベーション促進とリスクへの対応を重要な政策課題としています。
つまり、日本のAI政策は「著作権を守るためAIを規制する」か「AI産業を伸ばすため著作権を弱める」かという単純な二者択一ではありません。
創作者を守りながらAIの技術革新も進める。そのために透明性を高める。
今回のプリンシプル・コードは、その考え方を具体化する一歩と見ることができます。
企業も「使う側だから関係ない」では済まない
プリンシプル・コードは主として生成AIの開発・提供事業者を対象としていますが、一般企業にとっても無関係ではありません。
社内文書、広告、画像、ウェブサイトの記事などを生成AIで作る機会が増えれば、企業自身も「その生成物を利用して問題がないか」を判断する必要があります。
これからの企業法務では、生成AIを禁止するのではなく、どのAIを、どの業務で、どのようなルールのもとで使うのかを整理することが重要になるでしょう。
AI時代の著作権対策は、単なる「侵害を避けるための守り」ではありません。
安心してAIを活用するための環境を整えることこそ、これからの企業に求められる新しい知的財産戦略なのです。
主な根拠法令・公的資料
- 知的財産基本法(平成14年法律第122号)第1条、第23条~第25条
- 著作権法第30条の4
- 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)
- 内閣府知的財産戦略推進事務局「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」(2026年8月25日公表)
- 文化庁「AIと著作権に関する考え方について」(2024年3月15日)
- 「知的財産推進計画2026」
