◎なぜ契約書は読まれないのか?

UXから考える「伝わる契約書」

「契約書をちゃんと読んでから署名してください」

そう言われて、契約書を最初から最後までじっくり読んだ経験は、どのくらいあるでしょうか。

スマートフォンのアプリを使うときの利用規約。
Webサービスに登録するときの規約。
商品やサービスを購入するときの契約書。

私たちの身の回りには、たくさんの「契約」があります。

しかし実際には、

「長いので読まなかった」
「難しくて途中で読むのをやめた」
「よくわからないけれど同意した」

ということも少なくありません。

ここで、少し不思議なことに気づきます。

契約書は、本来「お互いの約束を確認するため」にあるはずです。

ところが、その契約書が「読まれない」「わからない」とすれば、契約書本来の役割を十分に果たしていると言えません。

今回は、契約書を法律だけではなく、UX(ユーザー体験)という視点から考えてみたいと思います。

そもそも、なぜ契約書は読みにくいのか

契約書には、正確さが求められます。

誰が、何をするのか。

いつまでに行うのか。

いくら支払うのか。

問題が起きた場合にはどうするのか。

契約を終了する場合にはどうするのか。

こうしたことを曖昧にせず、後から違う解釈が生まれないようにする必要があります。

そのため、どうしても文章は慎重になります。

「甲」「乙」
「前項」
「前各号」
「ただし」
「~するものとする」

といった独特の表現も使われます。

法的な正確性を高めようとすればするほど、一般の人にとっては読みづらくなる。

ここに、契約書が抱える難しさがあります。

「法的に正しい」と「相手に伝わる」は同じではない

ここで重要なのは、

「法的に正確であること」と「相手に内容が伝わること」は、必ずしも同じではない

という点です。

もちろん、契約書ですから正確性を犠牲にすることはできません。

しかし、正確であればそれだけで良いわけではありません。

例えば、サービスを提供する会社が非常に詳細な契約書を作成したとします。

会社側は、

「必要なことは全部書いてある」

と思っています。

ところが顧客は、

「結局、キャンセルしたらどうなるの?」

「追加料金はいつ発生するの?」

「トラブルになったらどうするの?」

と感じている。

この状態では、情報は「書いてある」けれど、「伝わっていない」ことになります。

契約書にもUXという考え方を取り入れる

そこで考えてみたいのが「契約書のUX」です。

UXとは「User Experience(ユーザー・エクスペリエンス)」。

利用者が商品やサービスを利用するときに経験する「体験」のことです。

一般的にはWebサイトやアプリなどで使われる言葉ですが、私は契約書にもUXという視点を取り入れることができると思います。

例えば、

契約書を受け取る。

読む。

内容を理解する。

わからないところを質問する。

納得する。

署名する。

この一連のプロセスも、一つの「体験」です。

だとすれば、

「どうすれば相手が安心して契約できるか」

を考えることも、契約書作成の重要な視点です。

契約書は「読ませるもの」ではなく「理解してもらうもの」

契約書を渡す側は、

「契約書を読んでください」

と言います。

しかし、少し発想を変えてみます。

目的は本当に「読んでもらうこと」でしょうか。

本来の目的は、

「双方が契約内容を理解し、納得したうえで取引を始めること」

のはずです。

そう考えると、契約書だけを渡して、

「読んでおいてください」

で終わることが最適とは限りません。

例えば、

「この契約で特に重要なのは3点です」

「料金については第○条をご確認ください」

「解約についてはこちらです」

「著作権については、この部分が重要です」

と説明する。

これだけでも、契約する側の負担はかなり違います。

「重要なこと」が見つけやすい契約書にする

契約書UXを改善する一つの方法は、情報を見つけやすくすることです。

契約する人が特に知りたいのは、例えば、

・何をしてもらえるのか
・料金はいくらなのか
・いつ支払うのか
・追加料金はあるのか
・いつまで契約が続くのか
・途中でやめられるのか
・トラブルが起きたらどうするのか

といったことです。

これらの情報が契約書の中に散らばっていると、読む側には大きな負担になります。

そこで、

「業務内容」
「料金・支払方法」
「契約期間」
「契約の終了」
「著作権」
「秘密情報」

など、見出しをわかりやすくする。

これだけでも読みやすさは変わります。

契約書は「相手との最初のコミュニケーション」

契約書には、会社の姿勢が表れます。

例えば、非常に一方的な内容の契約書を渡されたら、相手はどう感じるでしょう。

「この会社は自分たちのことしか考えていないのでは?」

と感じるかもしれません。

反対に、

「お互いの責任を明確にしておきましょう」

という考え方で作られた契約書なら、

「きちんとした会社だな」

「安心して付き合えそうだ」

という印象につながる可能性があります。

つまり契約書は、単なる法律文書ではありません。

企業と顧客・取引先とのコミュニケーションの一部でもあるのです。

フリーランスとの契約では特に「伝わること」が重要

例えば、企業がデザイナーにWebサイトの制作を依頼するとします。

「Webサイト制作 一式30万円」

これだけでは、いろいろな疑問が残ります。

ページ数は何ページなのか。

写真撮影は含まれるのか。

修正は何回までなのか。

納品後の修正は有料なのか。

制作したデザインの権利はどうなるのか。

実績としてデザイナーが紹介してよいのか。

こうしたことを曖昧にしたまま仕事を始めると、

企業側は、

「当然ここまでやってくれると思っていた」

フリーランス側は、

「そこまでは契約に入っていないと思っていた」

という認識の違いが起こります。

トラブルの原因は、必ずしもどちらかが悪いからとは限りません。

「お互いの当たり前が違っていた」

というケースもあります。

だからこそ、契約書には「違う当たり前」をすり合わせる役割があります。

著作権こそ「書いてある」だけでは足りない

これは著作権についても同じです。

例えば、外部のクリエイターにイラストや文章、写真、動画などの制作を依頼した場合です。

企業側は、

「制作費を払ったのだから、自由に使えるだろう」

と思っている。

一方、制作者側は、

「制作したのは自分だから、著作権は自分にある」

と考えている。

ここで認識の違いが生まれます。

だから契約時に、

著作権はどうするのか。

どこまで利用できるのか。

改変できるのか。

別の媒体でも利用できるのか。

将来、別の商品にも利用できるのか。

といったことを確認しておく必要があります。

重要なのは、単に条項を入れることではありません。

双方が「そういう約束だった」と理解している状態をつくることです。

「読まれない契約書」の責任は誰にあるのか

ここで、少し視点を変えてみましょう。

契約書を渡した側は、

「相手が読まなかった」

と言うかもしれません。

確かに、契約内容を確認することは重要です。

しかし、

何ページにもわたって専門用語が並び、

重要事項がどこに書かれているかわからない。

そんな契約書だったとしたらどうでしょう。

「読む側の問題」だけで片づけてよいのでしょうか。

UXの世界では、

「利用者が間違えた」

だけで終わらせず、

「間違えやすい設計になっていなかったか」

を考えます。

私は契約書にも、この考え方が必要だと思います。

契約書UXを改善する5つのポイント

では、実際に何を見直せばよいでしょうか。

私はまず、次の5つを確認すると良いと思います。

1.見出しをわかりやすくする

何について書かれている条項なのか、見ただけでわかるようにします。

2.重要なポイントを説明する

契約書を渡すだけでなく、「特に確認していただきたい点」を説明します。

3.曖昧な言葉を減らす

「必要に応じて」「適切に」「別途協議する」といった言葉は便利ですが、双方で解釈が違わないか確認します。

4.相手が質問しやすくする

「わからないところがあれば聞いてください」と伝えるだけでも、心理的な負担は小さくなります。

5.実際の取引と契約書が一致しているか確認する

契約書は立派でも、実際の業務が違っていては意味がありません。

昔作った契約書を何年も使っている会社は、一度確認してみる必要があります。

AI時代だからこそ「契約書UX」が重要になる

最近では生成AIを使えば、契約書らしい文章を短時間で作ることもできるようになりました。

これは便利なことです。

一方で注意したいのは、

「契約書らしい文章ができること」と「自社に適した契約書ができること」は別である

という点です。

契約書には、その会社独自の取引方法があります。

誰と取引するのか。

どのようなサービスなのか。

どこにリスクがあるのか。

何を大切にしている会社なのか。

それらを整理して初めて、自社に必要な契約内容が見えてきます。

AIを使う時代だからこそ、

「文章を作る」

だけではなく、

「どのような約束をするべきなのかを考える」

ことの価値が高まっています。

「契約書を作ってください」の前に聞きたいこと

もし私が、

「契約書を作ってください」

と相談されたら、契約書の文章を書く前に聞きたいことがあります。

「どのようなお仕事ですか?」

「誰と契約するのですか?」

「これまで困ったことはありますか?」

「相手からよく質問されることはありますか?」

「絶対に守りたいことは何ですか?」

こうした話の中に、その会社に必要な契約書のヒントがあります。

契約書づくりは、法律用語を並べるところから始まるのではありません。

まず「聞くこと」から始まる。

私はそう考えています。

「伝わる契約書」は信頼をつくる

契約書には、会社を守る役割があります。

しかし、それだけではありません。

契約内容をわかりやすくする。

お互いの認識を合わせる。

相手の不安を減らす。

問題が起きた場合のルールを決めておく。

それによって、

「この会社なら安心して付き合える」

という信頼につながります。

法律は、ときに難しく見えます。

契約書も、ときに冷たく見えます。

しかし、その目的を考えてみれば、契約書は「人と人との約束」を確認するものです。

だからこそ、

「法的に正しい契約書」から、もう一歩先へ。

「相手に伝わる契約書」を考えてみる。

企業法務をUXで考えるとは、そんなところから始まると思います。