◎【最高裁判決】耳コピ楽譜の無断公開で損害賠償確定!

「著作権がないから自由に使える」は本当か?

2026年10月9日、音楽出版業界だけでなく、著作権やインターネットビジネスに関わる人々にとって、非常に重要な最高裁判決が言い渡されました。

バンドの楽曲を耳で聴き取り、楽譜に書き起こした「バンドスコア」を販売する出版社が、その楽譜を模倣してインターネット上で無料公開した業者に対し、損害賠償を求めていた裁判です。

最高裁判所第2小法廷(三浦守裁判長)は、ウェブサイト運営会社側の上告を棄却しました。

これにより、約1億6900万円の損害賠償を命じた東京高裁判決が確定しました。

この裁判で注目したいのは、単純な著作権侵害事件ではないという点です。

実は、問題となったバンドスコア自体については、著作権法上の著作物に該当しないと判断されていました。

それにもかかわらず、最高裁は民法上の損害賠償責任を認めたのです。

つまり、今回の判決は、「著作権法で保護されないものでも、利用の仕方によっては違法になる」という重要な問題を示しています。

出版社で長年、著作権管理に携わってきた経験を踏まえ、今回の判決の内容と企業経営への影響をわかりやすく解説します。

1.バンドスコアをめぐる裁判とは?

バンドスコアとは何か

バンドスコアとは、ロックバンドなどの楽曲について、ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードなどの各パートを楽譜にまとめたものです。

一般的なピアノ譜とは異なり、複数の楽器がどのように演奏されているのかを確認できるため、バンド演奏の練習などに広く利用されています。

ところが、バンド音楽には、完成された楽譜が存在しない場合があります。

そのため、楽譜出版社では、実際の音源を繰り返し聴きながら、それぞれの楽器の演奏内容を分析し、楽譜に書き起こす作業を行っています。

これが「採譜」、一般にいう「耳コピ」です。

採譜には、高度な音楽知識や演奏経験だけでなく、相当な時間と労力が必要です。

出版社が約5億円の損害賠償を請求

今回の原告は、東京都内の楽譜出版社「フェアリー」です。

同社は、日本音楽著作権協会(JASRAC)の許諾を得て、バンドスコアを制作・販売していました。

ところが、別の業者が同社のバンドスコアを利用して模倣した楽譜を制作し、自社のウェブサイトで無料公開していました。

サイト運営側は、無料公開によって利用者を集め、広告収入を得ていたとされています。

出版社側は、こうした行為によって楽譜の売上が減少し、営業上の利益が侵害されたとして、約5億円の損害賠償を求めました。

裁判の経過は次のとおりです。

  • 2021年9月・東京地裁:出版社側の請求を棄却
  • 2024年6月・東京高裁:約1億6900万円の損害賠償を命令
  • 2026年10月9日・最高裁:運営会社側の上告を棄却し、賠償命令が確定

一審と二審で判断が分かれたことからも、この問題が法律上、簡単ではないことがわかります。

2.耳コピで作った楽譜に著作権はあるのか?

ここが今回の裁判を理解するうえで、最も重要なポイントです。

著作権法が保護する「創作的表現」

著作権法第2条第1項第1号では、著作物を次のように定義しています。

「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」

つまり、著作権法による保護を受けるためには、単に時間や労力をかけただけでは足りず、創作的な表現が必要になります。

例えば、自分で作曲した楽曲には、通常、音楽の著作物として著作権が認められます。

一方、既存の楽曲を聴いて、その演奏内容をできる限り正確に楽譜へ書き起こす作業はどうでしょうか。

採譜の目的は、基本的に元の楽曲を忠実に再現することです。

そのため、採譜に高度な技術が必要であっても、そのことだけで採譜者独自の創作的表現が認められるわけではありません。

今回の裁判でも、問題となったバンドスコア自体については、著作権法上の著作物に該当しないという前提で判断が行われました。

ただし、すべての楽譜が著作物にならないという意味ではありません。独自の編曲や創作的な表現が加えられている場合には、別の判断となる可能性があります。

「苦労して作ったもの」はすべて保護されるのか

ここで知っておきたいのが、著作権法は、労力や費用そのものを直接保護する制度ではないということです。

例えば、膨大な時間をかけて事実を調査したとしても、調査結果の事実そのものに著作権が発生するわけではありません。

同様に、音楽を正確に採譜するために多大な労力を費やしても、それだけで著作権が発生するとは限りません。

しかし、だからといって、他人が苦労して作った成果物を自由に利用してよいのでしょうか。

今回の最高裁判決は、まさにこの問題に向き合ったものです。

3.最高裁が損害賠償を認めた理由

著作権侵害ではなく「不法行為」が問題に

今回の裁判では、民法第709条の不法行為が重要な役割を果たしました。

同条は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害し、損害を与えた場合には、損害賠償責任が生じることを定めています。

著作権という権利が認められなくても、別の法律上保護される利益を侵害した場合には、損害賠償責任が成立する可能性があります。

もっとも、著作権法で保護されないものの利用を、何でも不法行為としてしまうと、自由な競争や情報利用を妨げるおそれがあります。

そこで重要になるのが、過去の最高裁判例です。

2011年の最高裁判決と「特段の事情」

2011年12月8日、最高裁は、著作権法による保護が及ばない表現物の利用について、原則として不法行為は成立せず、例外的に「特段の事情」がある場合には成立し得るという考え方を示しました。

今回の裁判では、バンドスコアを模倣して無料公開する行為が、この「特段の事情」に該当するかが争われました。

東京高裁は、バンドスコアの制作には高度な技能と多大な労力、費用が必要であることを重視しました。

その一方で、他社が制作したバンドスコアを利用すれば、同じような費用や労力を負担せずに楽譜を提供できます。

しかも、無料公開によって利用者を集め、広告収入を得ることができるのです。

こうした行為を無制限に認めれば、正規の楽譜出版社が制作費用を回収できなくなるおそれがあります。

その結果、採譜による楽譜制作が減少し、音楽出版業界や音楽文化の発展にも悪影響が生じかねません。

東京高裁は、こうした事情から、営業上の利益を侵害する不法行為が成立すると判断しました。

そして今回、最高裁も、自由競争の範囲を逸脱して営業上の利益を侵害する行為として、賠償責任を認めました。

重要なのは、単なる模倣や参考利用が一律に違法とされたのではなく、具体的な利用態様や営業上の影響を踏まえて判断されたことです。

4.今回の判決が企業経営に与える影響

今回の最高裁判決は、音楽出版業界だけの問題ではありません。

企業が日常的に扱う情報やコンテンツにも関係する可能性があります。

① 他社の成果物を利用するビジネスモデル

例えば、次のような事業が考えられます。

  • 他社が調査・整理したデータを利用して情報サイトを運営する
  • 他社が多額の費用をかけて制作した資料を参考に類似サービスを提供する
  • 他社のコンテンツを利用して広告収入を得る
  • 他社の商品情報やデータベースを大量に利用する

これらの行為が、すべて違法になるわけではありません。

しかし、著作権侵害に該当しないという理由だけで、安全だと判断することもできません。

利用の方法、競争関係、相手方の営業への影響などを確認する必要があります。

② 無料公開でも責任が生じる

今回の事件では、模倣した楽譜が無料公開されていたことも注目されます。

無料だから問題ない、という考え方は危険です。

ウェブサイトでは、コンテンツを無料で提供しても、広告収入や集客によって経済的利益を得られます。

利用者から直接料金を徴収していなくても、営利活動の一部として評価される場合があるのです。

③ 著作権以外の法律にも注意する

コンテンツを利用する際には、著作権法だけでなく、民法、不正競争防止法、契約上の義務なども検討する必要があります。

著作権法上の保護がないことと、法律上何の問題もないことは同じではありません。

企業のコンプライアンスを考えるうえで、今回の判決は重要な教訓を示しています。

5.AI時代のコンテンツ利用にも関係するのか?

今回の判決を考えるうえで、もう一つ注目したいのが生成AIとの関係です。

近年、生成AIを使って文章、画像、音楽、データなどを作成する機会が増えています。

例えば、AIを利用して既存の楽譜を解析し、類似する楽譜を大量に作成・公開するサービスが登場した場合、どのような法律問題が生じるでしょうか。

もちろん、今回の判決がAIによるコンテンツ生成を直接判断したわけではありません。

また、AIによる学習や生成物の利用には、著作権法第30条の4など、別途検討すべき規定もあります。

しかし、他社の投資や労力によって生み出された成果物を利用し、競争上の利益を得るという構造には、共通する問題が見られます。

今後、AIを利用したコンテンツビジネスでも、著作権侵害の有無だけではなく、具体的な利用行為が他人の営業上の利益を違法に侵害していないかという視点が重要になる可能性があります。

ただし、今回の判決から直ちに「AIによる模倣は違法」と結論付けることはできません。

個別の事情に応じた慎重な判断が必要です。

6.企業やクリエイターが今から取り組むべき対策

今回の判決を踏まえ、企業やクリエイターは次のような対策を検討するとよいでしょう。

コンテンツを制作する側の対策

第一に、制作過程の記録を残すことです。

制作に必要となった時間、費用、専門的な作業内容などを記録しておけば、後に紛争が生じた際、制作活動の実態を説明する資料になります。

第二に、利用条件を明確にすることです。

利用規約や契約書で、複製、転載、商用利用、再配布などの条件を整理しておくことが大切です。

第三に、無断利用を発見した場合には、証拠を確保することです。

公開日時、掲載内容、URL、相手方とのやり取りなどを保存しておくことが、適切な対応につながります。

他社のコンテンツを利用する側の対策

他社の資料やコンテンツを利用する場合には、まず利用許諾の必要性を確認しましょう。

著作権が存在するかどうかだけでなく、契約違反や営業上の利益の侵害につながるおそれがないかも確認する必要があります。

特に、他社の成果物を大量に利用して収益化する事業では、事前の法務チェックが重要です。

不明な点がある場合は、権利者に利用条件を確認し、必要に応じて許諾契約を締結することが望まれます。

7.行政書士の視点|著作権とビジネスをどう守るか

私は出版社に約30年間勤務し、著作権管理や契約に関する業務に携わってきました。

その経験から感じるのは、コンテンツの価値は、完成した成果物だけで決まるものではないということです。

一冊の楽譜が完成するまでには、採譜を担当する専門家の技能、編集作業、確認作業、権利処理、販売のための準備など、多くの人の努力が積み重なっています。

一方、デジタル技術の発展によって、完成した成果物を複製したり、インターネットで公開したりすることは、以前より容易になりました。

だからこそ、コンテンツを制作する側と利用する側の双方が、法律と契約のルールを理解することが大切です。

今回の判決は、著作権法で保護されない成果物についても、一定の場合には営業上の利益が法的に保護され得ることを示しました。

ただし、すべての模倣が違法になるわけではなく、自由な競争とのバランスも重要です。

企業経営においては、権利を過度に主張することも、他人の成果物を安易に利用することも避け、適切な契約とルールを整える姿勢が求められます。

最高裁判決が示した3つの教訓

今回のバンドスコア訴訟から学べることは、大きく3つあります。

第一に、著作権法で保護されない成果物であっても、利用の仕方によっては民法上の損害賠償責任が生じることです。

第二に、他社の専門的な技能や投資にただ乗りするビジネスモデルには、法的リスクがあることです。

第三に、デジタル時代の企業経営では、著作権だけでなく、契約や営業上の利益の保護まで含めた総合的な法務対応が重要になることです。

今回の最高裁判決は、音楽出版業界にとどまらず、情報サービス、デジタルコンテンツ、生成AIなど、幅広い分野で今後の議論に影響を与える可能性があります。

コンテンツを作る人の努力が適切に評価され、同時に新しいビジネスや自由な競争も発展していくことが望まれます。

そのためにも、法律を単なる規制として捉えるのではなく、企業とクリエイターの信頼関係を築くための仕組みとして活用していきたいものです。

著作権やデジタルコンテンツの利用についてお悩みの方は、当事務所へお気軽にご相談ください。

※本記事は2026年10月9日時点の報道および公表資料をもとに作成した一般的な法律情報です。個別案件の法的判断や訴訟対応については、弁護士等の適切な専門職にご相談ください。