AI時代に企業が知っておきたい「3つの権利」
生成AIを使って文章や画像、動画、音声を作ることが、特別なことではなくなってきました。
企業でも、広告の画像をAIで作ったり、SNS投稿の文章を生成AIに考えてもらったり、AI音声を動画のナレーションに利用したりする機会が増えています。
その一方で、こんな疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
「AIで作った画像が、既存のキャラクターに似ていたら?」
「有名人そっくりのAI画像を広告に使ってもいい?」
「俳優や声優に似たAI音声を使ったら?」
こうした問題を考えるとき、よく登場するのが、
「著作権」
「肖像権」
「パブリシティ権」
という3つの権利です。
名前は聞いたことがあっても、「何が違うの?」と思われる方は少なくありません。
今回は、生成AIをビジネスで利用する企業やクリエイターの方に向けて、この3つの権利の違いをできるだけわかりやすく説明します。
まず知っておきたい「何を守る権利なのか」
著作権・肖像権・パブリシティ権は、似た場面で問題になることがあります。
しかし、守っているものは同じではありません。
非常に簡単に整理すると、
著作権=「作品」を守る
肖像権=「人」を守る
パブリシティ権=「人が持つ顧客吸引力」を守る
と考えると理解しやすいでしょう。
例えば、生成AIに「有名な漫画のキャラクターにそっくりな画像」を作らせた場合には、著作権が問題になる可能性があります。
一方、「有名俳優そっくりの人物画像」を作った場合には、肖像権などが問題になる可能性があります。
さらに、その有名俳優に似た画像を商品の広告に使い、本人の知名度や人気を利用して商品を売ろうとすれば、パブリシティ権が問題になる可能性があります。
同じ「AI画像」でも、問題になる権利が違うのです。
1.著作権とは「作品」を守る権利
まず著作権です。
著作権は、思想または感情を創作的に表現した「著作物」を保護するための権利です。
例えば、
小説、イラスト、写真、音楽、映画、漫画、文章、コンピュータプログラム
などが著作物となり得ます。
ここで重要なのは、著作権が基本的に「人そのもの」を守る制度ではないということです。
例えば、有名な俳優を撮影した写真があるとしましょう。
その写真については、撮影した写真家などに著作権が生じる場合があります。
しかし、写真に写っている俳優本人について問題になるのは、著作権とは別の「肖像権」や「パブリシティ権」です。
この違いは生成AIを考えるうえで非常に重要です。
生成AIで著作権が問題になる二つの場面
生成AIと著作権については、大きく分けて、
「AIに学習させる場面」
と
「AIで生成したものを利用する場面」
を分けて考える必要があります。
例えば、インターネット上にある画像などをAIの学習に利用する問題と、AIが生成した画像が既存の著作物に似ているという問題は、同じではありません。
特に企業が注意したいのは後者です。
AIが生成したからといって、その成果物を必ず自由に利用できるとは限りません。
生成された画像や文章などが既存の著作物と類似し、既存作品に依拠して作られたと評価されれば、著作権侵害が問題となる可能性があります。
したがって企業では、
「AIが作ったから大丈夫」
ではなく、
「生成されたものを実際に公開・販売・広告利用して問題がないか」
という確認が必要になります。
2.肖像権とは「自分の姿を勝手に使われない利益」
次に肖像権です。
実は「肖像権法」という名前の法律が存在するわけではありません。
肖像権は、憲法13条の趣旨などを背景として、判例によって認められてきた人格的利益です。
簡単にいえば、
「自分の顔や姿を、みだりに撮影されたり、公表されたりしない利益」
と考えるとよいでしょう。
ここで重要なのは、肖像権は芸能人だけの権利ではないということです。
一般の人にも問題になります。
例えば生成AIを使って、実在する社員の写真から本人そっくりのAI画像を作り、それを本人に無断で企業広告に利用したとします。
「AIで作った画像だから、本人の写真ではない」
という理由だけで問題がなくなるとは限りません。
本人を識別できるような利用であれば、肖像に関する人格的利益との関係を検討する必要があります。
3.パブリシティ権とは「人が持つ顧客吸引力」を守る権利
そして、生成AIの普及によって今後さらに重要になる可能性があるのが「パブリシティ権」です。
俳優、スポーツ選手、タレント、声優などの著名人には、
「この人が使っている商品なら買いたい」
「この人が出演している広告だから見てみたい」
というように、その人自身が消費者を引き付ける力を持つ場合があります。
法律では、これを「顧客吸引力」と表現します。
最高裁判所は2012年のいわゆる「ピンク・レディー事件」で、肖像等が持つ顧客吸引力を排他的に利用する権利を「パブリシティ権」として認めました。
例えば、有名俳優の写真を本人に無断で商品のパッケージに大きく掲載して、
「この人が宣伝している商品」
と思わせて商品を販売するようなケースを考えると分かりやすいでしょう。
ここで守られているのは単なるプライバシーではありません。
その人が持っている経済的・商業的な価値がポイントです。
「肖像権」と「パブリシティ権」は何が違う?
この二つは特に混同されやすいところです。
例えば、あなたが街を歩いているところを知らない人に撮影され、その写真を勝手にSNSで公開されたとします。
この場合、中心になるのは肖像に関する人格的利益の問題です。
一方、有名スポーツ選手の写真を勝手に商品広告に使い、
「この選手の人気によって商品を売ろう」
とした場合には、パブリシティ権が問題になる可能性があります。
つまり、
肖像権は「人格的利益」
パブリシティ権は「顧客吸引力の排他的利用」
という違いがあります。
もっと簡単に言えば、
「勝手に私の姿を使わないで」
という問題と、
「私の人気を勝手に商売に使わないで」
という問題の違いと考えると理解しやすいでしょう。
そしてAI時代には「声」も重要になる
生成AIによって、さらに新しい問題が生まれています。
それが、前回の記事の「声の権利」です。
実演家などの声が商品販売などを促進する「顧客吸引力」を持つ場合、その顧客吸引力の利用を専ら目的として無断利用する行為については、パブリシティ権侵害になり得るという考え方です。
「声」がパブリシティ権による保護の対象となり得るとの考え方が示されたことは、生成AIビジネスを考えるうえで重要です。
生成AIでは「3つの権利」を横断して考える
ここまでの話を整理してみましょう。
例えば企業が生成AIを使って、「有名俳優Aさんにそっくりな人物が、有名アニメのキャラクターの服を着て、Aさんに似た声で商品を紹介する動画」を作ったとします。
この場合、一つの動画の中で複数の権利が問題になる可能性があります。
キャラクターについては「著作権」。
俳優本人を想起させる容姿については「肖像に関する権利」。
俳優の人気を広告に利用しているのであれば「パブリシティ権」。
さらに、本人に似たAI音声についても、利用方法によっては人格的利益やパブリシティ権などの問題が生じる可能性があります。
つまり生成AIでは、
「これは著作権の問題です」
と一つの法律だけを確認すれば済むとは限らないのです。
企業が生成AIを利用するときのチェックポイント
では、企業が生成AIをビジネスで利用する場合、何を確認すればよいのでしょうか。
まず、
「何をAIに入力するのか」
を確認します。
他人が作った文章、写真、イラスト、音声などを入力する場合には、その利用について問題がないかを確認します。
次に、
「何が生成されたのか」
を確認します。
既存の作品、キャラクター、有名人などに酷似していないかを見る必要があります。
さらに、
「何に使うのか」
が重要です。
社内でアイデアを検討するために利用する場合と、商品の広告として広く公開する場合では、リスクの性質も変わります。
そして忘れてはいけないのが、
「契約上利用できるのか」
という確認です。
法律上の問題だけではなく、利用している生成AIサービスの規約、素材提供会社との契約、出演者との契約なども確認する必要があります。
AI時代の企業法務は「禁止」ではなく「使える条件」を作る
生成AIについて、
「法律が難しいから会社では使わない」
と考える企業もあるかもしれません。
しかし、それでは生成AIが持つ大きな可能性を活用できません。
重要なのは、
「AIを使ってはいけない」
というルールだけを作ることではありません。
「どんな場合なら使ってよいのか」
「公開前に何を確認するのか」
「誰が最終確認するのか」
「第三者の権利が関係するときはどうするのか」
を決めておくことです。
つまり、AI時代の企業法務には「禁止する法務」だけではなく、
「安心して使うための法務」
という考え方が必要になります。
そのためには、生成AI利用ガイドライン、業務委託契約、AI利用に関する条項、著作物利用許諾契約、肖像・音声の利用同意などを適切に整備することが重要です。
AIだからこそ「誰の権利なのか」を考える
生成AIは、文章、画像、動画、音声などを簡単に作れる非常に便利な技術です。
しかし、「簡単に作れること」と「自由に利用できること」は同じではありません。
生成AIをビジネスで利用するときには、
著作権=作品を守る
肖像権=人の人格的利益を守る
パブリシティ権=人が持つ顧客吸引力を守る
という違いをまず理解しておくことが大切です。
そして、これから重要になるのは「AIを使うか、使わないか」という議論ではありません。
「他人の権利を尊重しながら、AIをどう安全にビジネスに活用するか」
を考えることです。
技術が進歩するほど、法律や契約の役割は小さくなるのではなく、むしろ重要になります。
生成AIと法律の間に適切なルールを作ること。
それが、企業が安心して新しいAIビジネスに挑戦するための第一歩になります。
