「デジタル教科書」が正式な教科書に
2026年6月、学校教育法改正が成立し、デジタル教科書が紙の教科書と同等の「正式な教科書」として位置付けられることになりました。
施行は2027年4月、運用開始は2030年度からとされています。
教育DXを推進する大きな一歩として歓迎する声が多い一方で、著作権実務の観点からは一つの疑問が浮かびます。
それは、
「デジタル教科書が紙の教科書と同じ扱いになるのであれば、なぜ、授業目的公衆送信補償金制度が必要なのか?」
ということです。
SARTRASは何のために生まれたのか
SARTRAS(サートラス)(授業目的公衆送信補償金等管理協会)は、著作権法第35条に基づく補償金制度を運営する団体です。
もともと学校の授業では、著作権法第35条によって一定の範囲で著作物利用が認められていました。
例えば、
- 教科書を使う
- 教科書の内容をプリントにして配布する
- 黒板に教科書の内容を書き写す
といった行為です。
これらは授業目的の利用であれば、著作権者の許諾なく行うことができます。
ところがICT教育の普及によって状況が変わりました。
紙の教科書を、
- クラウドに掲載する
- LMS(学習管理システム)で配信する
- オンライン授業で共有する
といった利用が増えたのです。
このような行為は、著作権法上の「公衆送信」に該当します。
そこで2018年の著作権法改正により、
「教育利用は認めるが、著作権者には補償金を支払う」
という制度が創設されました。
その窓口となるのがSARTRAS(サートラス)です。
2026年の法改正で前提が変わった
これまでは、デジタル教科書は紙の教科書を補完する存在でした。
しかし2030年度以降は変わります。
デジタル教科書そのものも、正式な教科書になります。
つまり、「紙の教科書を使った授業」と「デジタル教科書を使った授業」は、
制度上同じ位置付けになります。
ここで冒頭でも触れましたが、紙の教科書を使った授業では補償金は不要なら、
「デジタル教科書の機能を利用した授業でも、本来は補償金不要なのでは?」
ということです。
現在、多くの教員の方々が困惑されているようです。
対面授業と遠隔授業を分ける意味はあるのか
「授業目的公衆送信補償金制度」が創設された背景には、対面授業と遠隔授業を区別する考え方がありました。
しかし2030年の教育現場を考えると、この区別自体が時代に合わなくなりつつあります。
現在でも、
- 学校で授業を受ける児童生徒
- タブレットで教材を見る児童生徒
- LMSで課題を提出する児童生徒
が混在しています。
さらに今後は、
- AI教材
- 学習ポータル
- クラウド教材
- 個別最適化学習
が普及していくでしょう。
そのとき、「紙なら通常授業」、「ネット配信なら公衆送信」という区別は、教育現場の実態と一致しなくなる可能性があります。
それでも「授業目的公衆送信補償金制度」が継続する理由
「授業目的公衆送信補償金制度」がすぐに不要になるわけではありません。
なぜなら、学校で利用される著作物は教科書だけではないからです。
授業では、
- 新聞記事
- 写真
- 雑誌記事
- Webコンテンツ
- 動画
- 音楽
なども活用されています。
これらをクラウド上で共有する場合には、依然として著作権者への配慮が必要です。
「授業目的公衆送信補償金制度」は、こうした教育利用と権利者保護のバランスを取るための仕組みとして機能しています。
つまり今後の「授業目的公衆送信補償金制度」は、「デジタル教科書のための制度」というより、
「教育DX全体を支える著作権インフラ」
としての意味合いが強くなると考えられます。
今後の注目点
私自身、出版社で教科書と著作権管理に携わった経験から、今回の学校教育法改正は単なる教育制度改革ではないと感じています。
本当の変化はこれから始まります。
デジタル教科書が正式教科書となることで、
- 授業とは何か
- 公衆送信とは何か
- 教育利用の範囲とは何か
という根本的な議論が避けられなくなるでしょう。
将来的には、「対面授業と遠隔授業を区別する現在の補償金制度そのものを見直すべきではないか」という議論が生まれるかもしれません。
2030年度以降は
デジタル教科書の正式化は、教育DXの大きな節目です。
しかし同時に、それは著作権制度の再検討を促す出来事でもあります。
「授業目的公衆送信補償金制度」は当面存続するでしょう。
ただし、2030年以降の教育現場では、
「なぜ公衆送信だけ補償金が必要なのか」
という問いがこれまで以上に強く意識されるはずです。
教育と著作権の関係は、新しい段階に入ろうとしています。
今後も制度の動向を注視していきたいと思います。
