◎津田健次郎氏の裁判で「声」もパブリシティ権の保護対象に!

AI時代に広がる「声の権利」と新しいビジネスの可能性

生成AIによって、人の声をかなりリアルに再現できる時代になりました。

便利になる一方で、「自分の声にそっくりなAI音声が、知らないところで商品や動画に使われたらどうなるのか」という新しい問題も生まれています。

その問題について、今後の実務に大きな影響を与える可能性のある判断が示されました。

声優・俳優・ナレーターとして活躍する津田健次郎氏が、自身の声に類似したAI音声を使用した動画をめぐりTikTok運営会社に削除を求めた裁判で、東京地方裁判所は2026年9月30日、「声」についてもパブリシティ権による保護の対象となり得るという考え方を示しました。

今回の判決が注目される理由は、裁判所が「声」というものの法的価値について、AI時代を考えるうえで重要な考え方を示したことにあります。

「声」もその人を象徴するもの

パブリシティ権という言葉を初めて聞く方もいるでしょう。

簡単にいえば、著名人などの氏名や肖像には、「その人だから商品を買いたい」「その人が宣伝しているから見てみたい」と思わせる力があります。

これを「顧客吸引力」といいます。

最高裁判所も、肖像などが持つ顧客吸引力を排他的に利用する権利をパブリシティ権として認めています。

今回の東京地裁判決では、さらに「声」に注目しました。

裁判所は、人の声について、肖像と同じように「個人の人格の象徴」であるとしました。

そして、例えば実演家の声が商品の販売などを促進する「顧客吸引力」を持っており、その声を無断で使用する行為が、専らその顧客吸引力を利用する目的で行われる場合には、パブリシティ権侵害に当たり得るという考え方を示しました。

これはAI時代のビジネスを考えるうえで、非常に興味深い判断です。

AI時代には「声」が一つの知的資産になる

これまで企業が著名人を広告に起用する場合、写真、映像、氏名などについて契約を結ぶことが一般的でした。

しかし、生成AIの発達によって、これからは「声」そのものについても利用条件を明確にする必要性が高まるでしょう。

例えば、有名な俳優や声優の声をAIに学習させ、その声で企業の商品説明を行うことも技術的には可能です。

本人が毎回スタジオで収録しなくても、契約で認められた範囲内でAI音声を生成するというビジネスモデルも考えられます。

ここで重要なのは、

「AIで作れるから自由に使ってよい」

ということではありません。

むしろ逆です。

AIによる再現が容易になるほど、「誰が、誰の声を、どのような目的で、どこまで利用できるのか」を契約によって明確にする重要性が高まります。

つまりAI時代には、「声」が新しい知的資産として管理される可能性があるのです。

「声のライセンスビジネス」が生まれる可能性

今回の判断をビジネスという観点から見ると、特に注目したいのが「声のライセンス」です。

例えば声優や俳優が、自分の声をAI音声として利用することを一定の条件で許諾するビジネスです。

利用範囲としては、広告、ゲーム、カーナビ、オーディオブック、観光案内、企業の商品説明、教育コンテンツ、AIアシスタントなど、さまざまな分野が考えられます。

契約によって、

・利用する媒体
・利用期間
・利用地域
・生成できるコンテンツ
・禁止する用途
・二次利用の可否
・AI学習への利用の可否
・契約終了後の学習データの扱い
・報酬の計算方法

などを定めることになるでしょう。

従来の「出演契約」から「音声データ・AI利用契約」へ。

これは芸能ビジネスだけの問題ではなく、AI時代の新しい契約実務になる可能性があります。

「デジタルボイス資産管理」という市場

さらに一歩進めると、「声の資産管理」というサービスも考えられます。

芸能人や声優だけではありません。

講師、YouTuber、VTuber、インフルエンサー、経営者、アナウンサーなど、「声」そのものがブランドになっている人は増えています。

こうした人たちについて、

「本人が許可したAI音声はどれか」

「どの企業にどこまで利用を許諾したのか」

「契約期間はいつまでなのか」

「学習データは契約終了後どうするのか」

といった情報を管理する必要が出てきます。

将来的には、音声データについて権利情報や利用条件を一元管理する「デジタルボイス・ライツマネジメント」のような市場が生まれるかもしれません。

企業側にも「AI音声利用ガイドライン」が必要になる

企業にとっても他人事ではありません。

生成AIを使った広告動画やSNSコンテンツを制作する際、「このAI音声は誰かの声に似ていないか」という問題が発生する可能性があります。

特に広告や販売促進に利用する場合には注意が必要です。

今回の判決が示した考え方では、「顧客吸引力」が重要なポイントになっています。

著名人を想起させる声を使うことによってアクセス数を増やしたり、商品の販売につなげたりする場合には、パブリシティ権との関係が問題になる可能性があります。

企業としては、AI音声を導入する際に、

「音声データの出所は確認できているか」

「学習や商用利用について適切な権利処理がされているか」

「著名人の声を意図的に模倣していないか」

「AIサービス提供会社との契約では責任分担がどうなっているか」

などを確認する必要があります。

今後は「AI音声利用ガイドライン」を社内で整備する企業も増えていくでしょう。

行政書士など法律実務家にも新しい支援分野

この変化は、行政書士など契約実務を扱う専門職にとっても新しい業務領域になる可能性があります。

例えば、

「AI音声利用許諾契約書」

「声優・ナレーターのAI学習同意書」

「音声データ利用規約」

「AIコンテンツ制作業務委託契約書」

「AI音声利用ガイドライン」

などの作成・確認です。

重要なのは、「禁止する契約」だけを考えないことです。

AIの利用をすべて禁止してしまえば、新しいビジネスも生まれません。

必要なのは、

「何を禁止するか」

だけではなく、

「どの条件なら安心して利用できるか」

を設計することです。

法律とビジネスの橋渡しをする契約実務が、これまで以上に重要になるでしょう。

「声を守る」から「声を活かす」へ

今回の津田健次郎氏をめぐる裁判は、「AIから声を守る」という文脈で注目されています。

もちろん無断利用から本人を守ることは重要です。

しかし、ビジネスという視点から見ると、もう一つ重要な可能性があります。

それは、

「声を守る仕組みを作ることで、安心して声をビジネスに利用できる」

ということです。

権利が不明確な状態では、企業側も安心してAI音声を利用できません。

逆に、

「誰が権利者なのか」

「どこまで利用できるのか」

「いくら支払えば利用できるのか」

「契約終了後はどうするのか」

が明確になれば、「声」は正式なライセンス商品になり得ます。

これは音楽や写真、キャラクターなどがライセンスビジネスとして発展してきた流れとも共通しています。

AI時代の法務は「権利を守る」だけではない

生成AIの登場によって、著作権、肖像、声、氏名、キャラクターなど、「人や作品を象徴するもの」の価値が改めて問われています。

法律というと、トラブルが起きたときに使うものだと思われがちです。

しかし、本来の企業法務にはもう一つ重要な役割があります。

それは「安心してビジネスをするためのルールを作ること」です。

今回の判決をきっかけとして、今後、

「声の権利をどう守るか」

だけでなく、

「声という価値を、本人の意思を尊重しながらどのようにビジネスとして活用するか」

という議論が活発になるのと思います。

AI時代だからこそ、技術と法律を対立させるのではなく、両者をつなぐ「契約」が重要になります。

声優、俳優、ナレーター、クリエイター、インフルエンサー、そしてAIを活用する企業。

それぞれが安心して新しいサービスを生み出せる仕組みを作ること。

そこに、これからのAI法務の大きなビジネスチャンスがあると考えます。