◎声優がAI利用ガイドラインを策定!

「声の権利」と生成AIの未来

声優たちが自らAI利用のルールを作った理由

「自分の声が、知らないうちにAIに使われていたら?」

生成AIの進化によって、そんな出来事が現実の問題になっています。

2026年10月15日、約2,600人の声優や俳優が加盟する協同組合日本俳優連合(日俳連)が、「音声に関する生成AI利用ガイドライン」を発表しました。

声優本人の許可なく声をAIに学習させたり、本人そっくりの音声を生成して商業利用したりする問題に対して、当事者である声優たちが自らルールを示したのです。

その約2週間前の9月30日には、人気声優の津田健次郎氏がTikTokを相手に起こした訴訟で、東京地方裁判所が注目すべき判断を示しました。

「声もパブリシティ権の保護対象になり得る」

今回のガイドラインと津田氏の裁判は、生成AI時代における「声の権利」を考えるうえで、重要な出来事といえるでしょう。

この記事では、ガイドラインの内容、津田氏の裁判、著作権やパブリシティ権との関係、企業がAI音声を利用する際の契約上の注意点について、行政書士の視点からわかりやすく解説します。

1.声優のAI利用ガイドラインとは?日本俳優連合が示した4つの原則

なぜ声優たちは自分たちでルールを作ったのか

生成AIによる音声合成技術は急速に進歩しています。

短い録音データなどをもとに、特定の人物の声質や話し方を再現する「ボイスクローン」技術も登場しました。

例えば、声優が一度も収録していないセリフを、本人の声にそっくりな音声で読み上げさせることが可能になっています。

これは便利な技術である一方、声優にとっては深刻な問題です。

長年の努力によって築き上げた声の特徴や演技が、本人の知らないところで利用され、仕事や収入を奪われる可能性があるからです。

さらに、本人が決して言わないような発言をAIに生成させれば、声優としての信用や人格にも影響します。

ところが、日本には個人の声そのものを包括的に保護する「声の権利法」のような法律はありません。

そこで日俳連は、法律の整備を待つだけではなく、実演家とAI事業者の双方が安心して活動できる自主的なガイドラインを策定しました。

① AI学習・音声生成・公開には本人の事前許諾を求める

ガイドラインの中心となるのが、本人の同意です。

AI音声の利用を「学習」「生成」「公開・利用」という3段階に分け、それぞれの段階で目的を明らかにし、本人の事前許諾を得ることを求めています。

例えば、声優がアニメの収録に同意したとしても、それだけで収録音声をAIの学習に使用してよいとは限りません。

また、AI学習を許可したからといって、その声を自由に広告へ使用してよいわけでもありません。

何のために、誰が、どの期間、どのように使うのか。

利用条件を明確にすることが重要です。

② AI音声の利用には適切な報酬を支払う

2つ目は報酬の問題です。

声優の声をAIで再現し、何百本もの動画や広告に利用した場合、最初の収録料だけで十分ではありません。

ガイドラインでは、AIによって生成された音声の利用を、新たな実演の提供に相当するものと位置づけ、適切な対価を求めています。

利用回数や期間、商業的な価値などに応じた報酬を検討する考え方です。

これは、AIによって生まれた利益を、声を提供した人にも適切に還元するという意味があります。

③ AIによる多言語化にもルールを設ける

3つ目は、AIを使った翻訳や吹き替えです。

例えば、日本語で収録したアニメのセリフを、元の声優の声質を維持したまま英語や中国語に変換できれば、海外展開に役立ちます。

しかし、言語が変わることで演技のニュアンスが変化したり、本人が想定していなかった国や地域で声が利用されたりする可能性もあります。

ガイドラインは、こうした多言語化についても、演技の価値を尊重した許諾や追加報酬を重視しています。

④ 亡くなった声優の声の再現には慎重な対応を求める

4つ目は、亡くなった実演家の声の取り扱いです。

AIを使えば、すでに亡くなった声優の声を再現することも技術的には可能です。

しかし、本人が生きていたら、その利用を認めたでしょうか。

日俳連は、故人の尊厳や生前の意思を尊重し、新たな作品での声の再現について原則的な制限を設け、例外的な利用でも遺族などの許諾を求めています。

声は単なるデータではなく、その人の人生や表現活動と深く結びついているからです。

2.津田健次郎氏のAI音声裁判とは?東京地裁が示した重要な判断

今回のガイドラインを理解するうえで、ぜひ知っておきたいのが、津田健次郎氏の裁判です。

TikTokで本人に似たAI音声が使われた

津田健次郎氏は、アニメ『呪術廻戦』の七海建人役などで知られる声優・俳優です。

独特の低音と落ち着いた話し方で、多くのファンを持っています。

問題となったのは、TikTokに投稿された188件の動画でした。

都市伝説や心霊現象などを紹介する動画のナレーションが、津田氏の声に似ているとして問題になったのです。

投稿された動画には、津田氏の声を連想した視聴者からのコメントも寄せられていました。

一方、投稿者側の説明では、津田氏本人の声をAIに学習させたのではなく、声真似が得意な友人の音声を利用したとされていました。

津田氏は、不正競争防止法やパブリシティ権などを根拠に、TikTokの運営会社に動画の削除を求めました。

東京地裁は「声もパブリシティ権の保護対象になり得る」と判断

2026年9月30日、東京地方裁判所は判決を言い渡しました。

注目すべきなのは、裁判所が声とパブリシティ権の関係について判断を示したことです。

判決は、人の声も肖像と同様に人格の象徴であるとしたうえで、実演家の声が顧客吸引力を持ち、その顧客吸引力を専ら利用する目的で無断使用された場合には、パブリシティ権の侵害となり得るとの考え方を示しました。

これは、声を仕事にする人たちにとって、重要な司法判断です。

ただし、「声が似ていれば、すべてパブリシティ権侵害になる」という意味ではありません。

その声に顧客吸引力があるか、どのような目的で利用されたかなど、具体的な事情が重要になります。

津田氏の削除請求は棄却された

一方、裁判の結論は、津田氏の請求を退けるものでした。

その理由は、問題となった投稿がすでに削除されていたためです。

裁判所は、2026年5月に投稿者のアカウントが削除され、同年6月には対象データもサーバーから削除されたと認定しました。

そのため、TikTok側にさらに削除を命じる必要はないと判断したのです。

ここで重要なのは、裁判所が個々の動画についてパブリシティ権侵害を認定したわけではないことです。

判決は、声もパブリシティ権の保護対象になり得るという一般的な考え方を示しながら、具体的な侵害の有無については判断を尽くさず、請求を棄却しました。

「請求が棄却されたこと」と「声の法的保護の可能性が示されたこと」は、分けて理解する必要があります。

3.最高裁のパブリシティ権判例と「声の権利」の関係

ここで、もう一つ重要な裁判例を紹介します。

それが、2012年2月2日の最高裁判決、いわゆる「ピンク・レディー事件」です。

最高裁が示したパブリシティ権とは

パブリシティ権とは、有名人の氏名や肖像などが持つ、商品を売ったり人を集めたりする経済的価値を保護する権利です。

例えば、有名な俳優の写真を本人に無断で商品の広告に使用すれば、その人気によって売上が増える可能性があります。

最高裁は、氏名や肖像などが持つ顧客吸引力を、一定の条件のもとで法的に保護する考え方を示しました。

ただし、芸能人の写真を使ったからといって、必ず権利侵害になるわけではありません。

使用目的や態様を踏まえ、専ら顧客吸引力を利用する目的であるかどうかが重要です。

津田氏の判決は最高裁の考え方を「声」に広げた

2012年の最高裁判決は、主に氏名や肖像などを対象としたものでした。

これに対して、2026年の津田氏の事件では、東京地裁が同様の考え方を声にも当てはめ得ると示しました。

つまり、人気声優の声そのものが人を引きつける経済的価値を持つ場合、その価値を不当に利用する行為が法的問題になる可能性を示したのです。

もっとも、これは最高裁が声について新たな判断を示したという意味ではありません。

津田氏の事件は東京地裁の判決であり、今後の裁判例の積み重ねによって、保護される範囲がより明確になることが期待されます。

4.声優の声は著作権で守られるのか?

「声優の声をAIで真似したら、著作権侵害になるのでは?」

そう考える方も多いでしょう。

しかし、法律上は少し複雑です。

声そのものと著作権は別の問題

著作権は、小説、音楽、脚本、映像などの創作的な表現を保護する制度です。

一方、声の高さや声質など、その人の声そのものが当然に著作物になるわけではありません。

声優の演技については、著作権とは別に、実演家の著作隣接権が問題になる場合があります。

例えば、声優が収録した音声を無断で複製したり、インターネットで配信したりすれば、著作隣接権の侵害が問題となる可能性があります。

しかし、AIが声の特徴を再現して、元の録音とは異なる新しい音声を生成した場合、著作権法だけでは判断しきれないことがあります。

AI学習はすべて違法なのか?

日本の著作権法30条の4には、一定の条件のもとで、情報解析などのために著作物を利用できる規定があります。

AIの学習にも関係する規定です。

ただし、権利者の利益を不当に害する場合など、例外もあります。

さらに、AIの学習が著作権法上認められる場合でも、契約違反や人格的利益の侵害など、別の法律上の問題が生じる可能性があります。

したがって、「AI学習だから自由に使える」「本人の許可がないから必ず違法」という単純な判断はできません。

今回のガイドラインが重要なのは、こうした法律上の複雑な問題に対して、事前の許諾を基本とする明確な取引ルールを示した点にあります。

5.ガイドラインに法律と同じ強制力はあるのか?

ここは企業にとって重要なポイントです。

日本俳優連合のガイドラインは、法律そのものではありません。

そのため、ガイドラインに違反したという理由だけで、直ちに法律上の罰則が科されるわけではありません。

また、ガイドラインに定められた報酬や同意条件が、すべての事業者に自動的に適用されるわけでもありません。

しかし、法的強制力がないから無視してよい、ということではありません。

業界で広く受け入れられれば、契約交渉や取引慣行の基準として影響力を持つ可能性があります。

さらに、ガイドラインを契約書に取り入れた場合には、その内容が契約上の義務となることもあります。

企業にとっては、法令違反のリスクだけでなく、クリエイターとの信頼関係や企業イメージを守る観点からも、内容を理解しておくことが大切です。

6.企業がAI音声を利用する際に確認したい契約上の注意点

この問題は、声優や芸能事務所だけの話ではありません。

企業の広告動画、商品紹介、研修教材、電話案内などでも、AI音声の利用が広がっています。

実在する人物の声をAIで利用する場合には、契約書や利用規約で次の事項を確認することをおすすめします。

① AI学習への同意

収録した音声をAIの学習データとして使用できるのか。

通常の録音・出演契約とは区別して、利用目的を明確にしておくことが望ましいでしょう。

② 生成音声の利用範囲

AIで作成した声を、どの媒体で使用できるのか。

広告、動画、ゲーム、教育教材など、用途によって本人の判断が変わることも考えられます。

③ 利用期間と利用地域

国内限定なのか、海外でも使用するのか。

契約期間が終了した後も、AIモデルや生成音声を使用できるのか。

利用条件を具体的に定める必要があります。

④ 報酬と追加利用料

最初の収録料にAI学習の対価が含まれるのか。

生成音声を新しい作品や広告に利用する場合、追加報酬が必要なのか。

後々のトラブルを防ぐため、報酬の考え方を整理しておきましょう。

⑤ 第三者への提供と再学習

制作会社が取得した音声を、別のAI開発会社に提供できるのか。

生成された音声をさらにAIの学習に利用できるのか。

こうした二次利用の範囲も重要です。

⑥ 契約終了後のデータ管理

契約終了後に、元の録音データ、学習用データ、AIモデルをどのように扱うのか。

削除や利用停止の条件、技術的に対応できる範囲についても確認が必要です。

⑦ 無断利用が発生した場合の対応

契約外の利用や情報流出が発生した場合、誰がどのように対応するのか。

連絡方法、利用停止、損害への対応などを定めておくことで、リスクを軽減できます。

特に注意したいのは、「収録した音声を自由に利用できる」という曖昧な契約条項です。

AIによる学習や音声生成まで含むのか、当事者の認識が異なる可能性があります。

新しい技術だからこそ、契約の段階で利用条件を具体的に確認することが重要です。

7.行政書士の視点|AI時代に必要なのは権利保護と技術活用の両立

私は、今回のガイドラインには、単なる声優の権利保護を超えた意味があると考えています。

それは、技術の進歩に対して、当事者が自らルールを作ろうとしていることです。

AIの進化は速く、法律が新しい問題をすべて事前に想定することは困難です。

だからこそ、契約やガイドラインによって関係者の権利と義務を明確にし、安心して技術を活用できる環境を整えることが重要になります。

AIは声優の仕事を奪うだけの存在ではない

生成AIには、さまざまな可能性があります。

本人の許諾を得て声をライセンスすれば、新しい収益機会が生まれるかもしれません。

多言語化によって、日本のアニメやゲームを海外へ届けやすくなることも期待できます。

教育、福祉、アクセシビリティの分野でも、AI音声は役立つでしょう。

問題なのはAI技術そのものではなく、本人の意思を無視した利用や、不公正な利益配分です。

AIの活用と権利保護は、決して対立するものではありません。

むしろ、適切な許諾や契約の仕組みが整うことで、企業もクリエイターも安心して新しい技術に挑戦できるようになります。

中小企業にも関係する「声の権利」

例えば、中小企業が社長の声をAIで再現し、営業動画や社内研修に利用する場合を考えてみましょう。

最初は社内利用だけだったものが、外部向け広告や別会社のサービスにも利用されるかもしれません。

また、退職した従業員の声を使い続ける場合には、本人との契約や人格的利益の問題が生じる可能性があります。

こうした問題は、今後、声優業界以外にも広がっていくと考えられます。

行政書士としては、著作権や利用許諾に関する契約書の作成・確認を通じて、企業とクリエイターが安心して取引できる環境づくりを支援することが重要だと考えています。

なお、具体的な権利侵害の判断や訴訟対応については、必要に応じて弁護士などの専門職と連携する必要があります。

8.よくある質問(FAQ)

Q1.声優の声をAIで真似することは違法ですか?

すべての場合に違法になるわけではありません。

元の音声の利用方法、生成音声の使用目的、本人との混同の有無などによって、著作権、著作隣接権、パブリシティ権などが問題になる可能性があります。

Q2.声優のAI利用ガイドラインに法的拘束力はありますか?

ガイドライン自体は自主的な業界基準であり、法律と同じ強制力を持つものではありません。

ただし、契約に取り入れられたり、業界の取引慣行として定着したりすれば、実務上重要な意味を持つ可能性があります。

Q3.企業がAI音声を商用利用するとき、何を確認すべきですか?

音声データの出所、本人の許諾、利用目的、期間、報酬、第三者への提供、契約終了後の取り扱いなどを確認することが重要です。

「声の権利」は生成AI時代の新しい法務課題

日本俳優連合が2026年10月15日に発表したAI利用ガイドラインは、声優たちが自らの声と仕事を守るために示した重要なルールです。

また、津田健次郎氏の裁判では、東京地裁が声もパブリシティ権の保護対象になり得るとの考え方を示しました。

この2つの出来事は、生成AI時代における声の法的保護を考えるうえで、大きな意味を持っています。

今後、AI技術がさらに進歩すれば、声だけでなく、顔、動作、話し方、演技の特徴なども再現されるようになるでしょう。

そのときに重要なのは、技術的にできることと、社会的・法的に許されることを区別する姿勢です。

「使える技術だから使う」のではなく、「本人の意思を尊重し、適切な条件で使う」。

これが、生成AI時代の新しいビジネスルールになると思います。

AIは、人間の創造性を奪うためではなく、その可能性を広げるために活用されるべきものです。

声優たちが自ら作ったガイドラインが、クリエイターと企業の双方にとって、安心してAIを活用できる社会への第一歩となることを期待しています。

AI利用・著作権・契約書に関するご相談

当事務所では、著作権、利用許諾契約、企業法務、契約書の作成・確認などに関するご相談を承っています。

生成AIを業務に導入する際の契約条件や、コンテンツの権利関係についても、事業内容やご事情を丁寧にお聞きしながら、適切な対応を一緒に考えます。

※本記事は2026年10月16日時点の公表資料をもとにした一般的な法務解説です。個別の事案に関する法的判断を示すものではありません。