著作権・機密情報・AI学習をどう決める?
「この契約書、AIについて何も書いていないけれど大丈夫でしょうか?」
これから、このような相談が増えてくるでしょう。
ChatGPTをはじめとする生成AIが急速に普及し、文章、画像、動画、プログラムなどをAIで作ることが珍しくなくなりました。
ところが、過去に作られた企業間の業務委託契約書やクリエイターとの制作契約書を見ると、「生成AI」という言葉そのものが書かれていない契約書が多く見受けられます。
これは当然です。
生成AIが現在ほど一般的ではなかった時代に作られた契約書なら、AI利用を想定していないからです。
問題は、
「契約書にAIと書いていない=自由にAIを使ってよい」
とは限らないことです。
そこで今回は、生成AI時代に契約書を見直す際に検討したいポイントを、7つに整理してみます。
なぜ今、契約書に「AI条項」が必要なのか
たとえば会社がデザイナーへ、新商品のパンフレット制作を依頼したとします。
会社側は当然、デザイナー本人が制作すると思っていた。
ところが実際には、画像の一部が生成AIで作られていた。
反対に、デザイナーが納品したイラストを会社側が生成AIへ入力し、大量の別バージョンを作った。
こうした場合、
「AIを使ってよかったのか?」
という問題が起こります。
しかし契約書に何も書かれていなければ、当事者間で認識が食い違う可能性があります。
生成AI時代の契約では、AIを一律に禁止するのでも、全面的に自由にするのでもなく、
「何のために、どの範囲でAIを使ってよいのか」
を当事者間で決めておくことが重要になります。
では、具体的に何を確認すればよいのでしょうか。
第1条項 業務で生成AIを利用してよいのか
最初に決めたいのは、非常にシンプルです。
「この仕事で生成AIを使ってよいのか」
です。
たとえば文章制作を外注する場合でも、
企画のアイデア出しだけならAIを使ってよい。
文章の下書きまでならよい。
完成原稿の作成にも使ってよい。
逆に、AI利用そのものを認めない。
など、さまざまな考え方があります。
ここで大切なのは、「AI利用あり・なし」の二択だけで考えないことです。
「補助的な利用は認めるが、最終成果物は人間が確認する」
といったルールも考えられます。
つまり契約書では、
AIを使える「範囲」を決める
という発想が重要です。
第2条項 機密情報を生成AIへ入力してよいのか
企業にとって特に重要なのが、機密情報です。
生成AIを仕事で使う場合、
顧客情報、未公開の商品情報、社内資料、契約書、会議資料、取引先から受領したデータなどを入力する場面が考えられます。
ここで、
「秘密保持契約を結んでいるから大丈夫」
と考えるのは少し注意が必要です。
従来の秘密保持契約では、
「第三者へ開示してはならない」
と書かれていても、
「外部の生成AIサービスへ入力してよいのか」
までは明確になっていない場合があります。
そこで契約では、
生成AIへの機密情報の入力を原則禁止するのか。
一定の条件を満たすAIサービスなら認めるのか。
匿名化・加工した情報なら認めるのか。
事前承諾を必要とするのか。
といったルールを検討する必要があります。
生成AI時代の情報管理では、
「誰に情報を渡したか」だけでなく、「どのシステムに情報を入れたか」
も考える必要があるのです。
第3条項 著作物をAI学習などに利用してよいのか
ここは著作権との関係で重要なポイントです。
たとえばイラストレーターから納品されたキャラクターがあります。
会社には、そのキャラクターを広告やWebサイトで利用する権利があるとします。
では、そのキャラクターを生成AIに利用することまで当然に認められているのでしょうか。
これは別に考える必要があります。
そこで契約時に、
「著作物をAIにどのような形で利用できるのか」
を整理しておくことが重要になります。
特に注意したいのは、「AI学習」という言葉をひとまとめにしないことです。
AIへの利用にはさまざまな形態があります。
既存のAIサービスへ参考資料として入力する。
画像から別の画像を生成する。
自社専用のAIシステムで利用する。
モデルの学習・追加学習などに利用する。
こうした利用方法では、目的もリスクも異なります。
契約では、
「AI利用を許可する・しない」だけでなく、「何の目的のAI利用なのか」
まで整理したほうが、後のトラブルを防ぎやすくなります。
第4条項 AI生成物の著作権・利用権をどうするのか
次に問題になるのが、
「AIで作った成果物を誰が使えるのか」
です。
たとえば制作会社が生成AIを利用して広告画像を作り、それを企業へ納品したとします。
企業側としては、
「お金を払って納品してもらったのだから自由に使える」
と考えるかもしれません。
しかし生成AIが関係する成果物については、従来の著作物と同じように単純に考えられない場合があります。
そこで実務上重要なのは、
「著作権が発生するか」という論点だけで終わらせず、
「契約上、誰がどのように利用できるのか」
を決めることです。
たとえば、
発注者が商用利用できるのか。
加工・編集できるのか。
SNSや広告に利用できるのか。
第三者へ提供できるのか。
再利用できるのか。
といった利用条件を整理しておきます。
生成AI時代には、
「誰が著作権者なのか」と「誰が利用できるのか」を分けて考える
ことが重要になります。
第5条項 第三者の著作権などを侵害した場合はどうするのか
生成AIを利用するときに無視できないのが、第三者の権利です。
AIが生成した画像や文章などについて、
「既存作品と似ている」
「他社のキャラクターに似ている」
といった問題が生じる可能性があります。
そこで契約時には、
誰が確認するのか。
問題が判明した場合に誰が対応するのか。
修正や差し替えをどうするのか。
費用負担をどうするのか。
といった責任分担を考えておく必要があります。
ただし、
「AIを使った側がすべて責任を負う」
と書けばよいとは限りません。
契約は、単に相手へリスクを押しつけるためのものではありません。
取引内容、報酬、AIの利用方法、双方の確認能力などを考えながら、
「誰が、何を確認するのが合理的なのか」
を決めることが大切です。
第6条項 AIを利用したことを相手へ伝えるのか
「AIを使った場合、相手に知らせる必要があるのか」
これも今後重要になるでしょう。
たとえば企業がコピーライターにキャッチコピーを依頼した場合を考えてみます。
依頼者は、
「プロが一から考えてくれる」
と思っているかもしれません。
一方、コピーライターは、
「AIで100案出して、その中から自分が選び、修正するのも仕事の一部」
と考えているかもしれません。
どちらが正しいという話ではありません。
問題なのは、
双方の認識が違っていること
です。
そこで契約時に、
AI利用について通知するのか。
一定の利用については通知不要とするのか。
重要部分でAIを利用した場合だけ知らせるのか。
などを決めておけば、認識のずれを小さくできます。
AI時代には「何を納品するのか」だけでなく、
「どのように作ったのか」
についても契約上の重要事項になる可能性があります。
第7条項 人間による確認をどこまで義務づけるのか
最後に、意外に重要なのが、
「AIが作ったものを誰が確認するのか」
という問題です。
生成AIは便利ですが、常に正しいとは限りません。
事実と異なる文章を生成することもあります。
不適切な表現を含む場合もあります。
第三者の権利に関係する問題が生じることも考えられます。
そこで、
「AIが作ったから、そのまま納品する」
のではなく、
人間による確認を行う。
必要に応じて修正する。
最終的な品質について責任を持つ。
といったルールを契約で明確にしておく方法があります。
私は、この項目はAI時代の契約で非常に重要になると考えています。
AIを禁止するのではなく、
「AIは使ってよい。しかし最後は人間が確認する」
という考え方です。
これはAIを安全に活用するうえで、現実的なルールの一つでしょう。
7つのポイントを整理すると
生成AI時代の契約書で確認したいのは、次の7点です。
1.業務で生成AIを利用してよいのか
2.機密情報を生成AIへ入力してよいのか
3.著作物をAI学習などに利用してよいのか
4.AI生成物の著作権・利用権をどうするのか
5.第三者の権利を侵害した場合の責任をどうするのか
6.AIを利用したことを相手へ伝えるのか
7.AI生成物を人間が確認するのか
重要なのは、この7項目すべてについて「禁止」と書くことではありません。
会社や取引の目的に合わせ、
「どこまでなら利用してよいのか」
を決めることです。
AI条項は「禁止事項」ではなく「安心してAIを使うためのルール」
生成AIについて、
「危ないから全部禁止しよう」
という対応も一つの考え方です。
しかし、それではAIによる業務効率化や新しいビジネスの可能性まで失ってしまうかもしれません。
反対に、
「便利だから自由に使おう」
だけでもリスクがあります。
大切なのは、その中間です。
つまり、
「使ってよい範囲を決める」
ことです。
契約書は人を縛るためだけのものではありません。
私はむしろ、
「安心して仕事を進めるための交通ルール」
だと考えています。
信号や道路標識があるから、車は安心して走れます。
生成AIについても同じです。
「ここまでは使ってよい」
「ここから先は確認が必要」
「この情報は入力してはいけない」
という交通ルールがあれば、企業もクリエイターもAIを使いやすくなります。
古い契約書ほど「AIの視点」で一度見直してみる
会社で何年も同じ契約書を使っている場合は、一度確認してみる価値があります。
特に、
業務委託契約書。
秘密保持契約書(NDA)。
著作権利用許諾契約書。
コンテンツ制作契約書。
Web制作契約書。
広告制作契約書。
ライセンス契約書。
などです。
契約書に「生成AI」という言葉がないから、すぐに問題があるということではありません。
しかし、
「この契約を作ったとき、生成AIによる利用まで想定していたか?」
という視点で読み直してみると、新しい課題が見つかることがあります。
生成AI時代の契約書で本当に大切なのは「対話」
ここまで7つの条項を紹介しました。
しかし、最も重要なのは条文そのものではありません。
契約書を書く前に、
「AIをどのように使いたいのですか?」
と聞くことです。
たとえば、
「文章のアイデア出しに使いたい」
という会社と、
「自社キャラクターをAIで世界中のユーザーに利用してもらいたい」
という会社では、必要な契約はまったく違います。
つまり生成AI時代には、
契約書を書く前のヒアリングが、これまで以上に重要になる
ということです。
AIが契約書の文章を作れる時代だからこそ、専門家に求められるのは、
「依頼者が何をしたいのかを聞き出す力」
「どこにリスクがあるのかを整理する力」
「できない理由だけでなく、できる方法を考える力」
ではないでしょうか。
AI時代の契約書は「禁止」から「ルール設計」へ
生成AIの普及によって、契約書にも新しい視点が必要になっています。
著作権。
機密情報。
AI学習。
AI生成物。
第三者の権利。
AI利用の開示。
人間による確認。
これらを事前に話し合っておけば、
「そんな使い方をするとは思わなかった」
というトラブルを減らすことができます。
そして、これからの契約書で大切なのは、AIを一律に禁止することではありません。
「何のために、どこまで、どの条件なら使ってよいのか」を決めること。
AI時代の契約書とは、AIを遠ざけるための書類ではなく、
AIを安心してビジネスに活用するためのルールブック
になっていくでしょう。
