◎企業法務もUXで考えてみよう!

契約書は「会社を守るため」だけのものではない

前回、テレビ東京『ガイアの夜明け』で紹介された「串カツ田中」のリブランディングを題材に、「不安経営」と「UX改善」について考えました。

そこで今回は、少し視点を変えて、

「企業法務もUXで考えてみる」

という話をしたいと思います。

UXとは「User Experience(ユーザー・エクスペリエンス)」、つまり商品やサービスを利用するときの「体験」を意味します。

一見すると、UXと企業法務はまったく違う分野に思えるかもしれません。

しかし私は、契約書や利用規約、著作権の処理なども、実は顧客や取引先がその会社と付き合う際の「体験」の一部ではないかと考えています。

契約書を読んで「不安」になったことはありませんか?

例えば、取引を始めようとして契約書が送られてきたとします。

そこに、

「甲は……」
「乙は……」
「前項の規定にかかわらず……」
「一切の責任を負わないものとする……」

といった文章が何ページも続いていたら、どうでしょう。

もちろん、法的な正確性は大切です。

しかし契約する側からすると、

「結局、何を約束するのだろう?」

「こちらに不利なことが書いてあるのでは?」

「質問したら、面倒な相手だと思われないだろうか?」

という不安を感じることがあります。

契約書そのものが、取引開始時の心理的なハードルになっているわけです。

ここに「法務UX」という考え方を取り入れる余地があります。

企業法務には「会社を守る法務」と「関係をつくる法務」がある

企業法務というと、「会社をリスクから守る」という役割が最初に思い浮かびます。

もちろん、それは重要です。

契約条件を明確にする。
責任の範囲を決める。
知的財産を守る。
トラブルが起きた場合に備える。

どれも企業経営には欠かせません。

しかし、私はもう一つの役割があると思います。

それは、

「相手が安心して取引できる環境をつくること」

です。

契約書は「戦うための武器」である前に、双方が

「ここまでは私の責任です」
「ここからはあなたの責任です」
「こういう場合には、このように解決しましょう」

と確認するためのものでもあります。

そう考えると、契約書は会社と取引先の間にある「コミュニケーションツール」と見ることもできます。

「わかりやすい契約書」は企業のブランドになる

例えば、同じサービスを提供しているA社とB社があるとします。

A社の契約書は専門用語ばかりで、質問しても「契約書に書いてあります」と言われる。

B社は契約書を渡す際、

「特に確認していただきたいのは、この3点です」

と説明してくれる。

どちらの会社と長く付き合いたいと思うでしょうか?

価格やサービスがほぼ同じなら、B社を選ぶ人は少なくないでしょう。

ここで起きているのは、まさにUXの違いです。

つまり、

企業法務のあり方そのものが、企業ブランドをつくる可能性がある

ということです。

契約締結までの流れもUXである

UXという視点を持つと、契約書の文章だけでなく、契約までのプロセスも見えてきます。

問い合わせをする。

見積書を受け取る。

業務内容の説明を受ける。

契約書が届く。

契約内容を確認する。

わからないところを質問する。

契約を締結する。

実際のサービスが始まる。

この一連の流れの中で、顧客や取引先が、

「わからない」
「聞きづらい」
「話が違う」
「そんなことは聞いていない」

と感じる場所はないでしょうか。

そこが、企業法務におけるUX改善のポイントです。

フリーランスとの取引にも「法務UX」が必要

この考え方は、企業とフリーランスとの取引でも重要です。

例えば、

業務内容が曖昧。
報酬額がわかりにくい。
支払時期がはっきりしない。
修正が何回までなのかわからない。
著作権が誰に帰属するのかわからない。

こうした曖昧さは、仕事を始める段階では問題にならなくても、後になってトラブルにつながることがあります。

逆に、最初から条件が整理され、わかりやすく説明されていれば、フリーランス側も安心して仕事に集中できます。

企業側にとっても、認識の食い違いによるトラブルを減らすことができます。

つまり、適切な法務対応は「規制に対応するためのコスト」だけではありません。

良い人と長く仕事をするための環境づくりへの投資でもあるのです。

著作権もUXで考えてみる

著作権についても同じです。

写真、文章、イラスト、動画、Webサイトなど、企業活動では多くの著作物を利用します。

ところが、

「制作費を払ったから自由に使えるだろう」

「ネットにあった画像だから使っても大丈夫だろう」

「外注したものだから会社の著作物だろう」

といった思い込みが、後々のトラブルにつながることがあります。

そこで、制作を依頼するときから、

誰が著作権を持つのか。

会社はどこまで利用できるのか。

SNSへの掲載は可能なのか。

改変して利用できるのか。

二次利用する場合はどうするのか。

といったことを確認しておく。

これは著作権リスクを防ぐだけではありません。

クリエイター側から見ても、

「自分の作品がどう扱われるのかわかる」

という安心につながります。

これも一つのUXではないでしょうか。

「守る法務」から「信頼をつくる法務」へ

これからの企業法務には、

守る法務+信頼をつくる法務

という発想が必要になってくると思います。

法務がしっかりしている会社とは、単に契約書が分厚い会社ではありません。

「約束が明確である」

「説明がわかりやすい」

「質問しやすい」

「問題が起きたときのルールがわかる」

こうした会社のほうが、顧客や取引先は安心できます。

そして、その「安心」は目には見えませんが、企業の大切なブランド資産になります。

中小企業こそ「法務UX」を改善できる

では、中小企業は何から始めればよいでしょうか。

私は、大がかりな仕組みを導入する必要はないと思います。

まず、自社の取引を相手の立場から見直してみることです。

例えば、

「この契約書は初めて読む人にも意味が伝わるだろうか」

「見積書を見ただけで、何にいくらかかるかわかるだろうか」

「追加料金が発生する条件は明確だろうか」

「著作権について双方の認識は一致しているだろうか」

「契約終了時のルールはわかりやすいだろうか」

「相手が質問しやすい雰囲気になっているだろうか」

と問い直してみます。

すると、意外なところに「小さな不安」が隠れていることに気づきます。

法務UXの第一歩は「聞くこと」

そして、ここでも重要なのが「聞く」ことです。

経営者が、

「うちの契約書にはちゃんと書いてある」

と思っていても、取引先には伝わっていないかもしれません。

そこで、

「契約するとき、わかりにくいところはありませんでしたか?」

「取引を始める前に不安だったことはありますか?」

「もっと説明してほしかったことはありますか?」

と聞いてみる。

この小さな対話から、法務UXの改善点が見えてきます。

法律の知識だけでは見つからない問題が、相手の声から見つかることがあります。

「不安経営」は法務にも使える

前回取り上げた串カツ田中の「不安経営」に話を戻してみましょう。

「今は問題が起きていないから大丈夫」

という状態は、本当に大丈夫なのでしょうか。

契約書を長年見直していない。

昔から同じ取引方法を続けている。

著作権について口頭で済ませている。

フリーランスとの仕事も昔ながらのやり方で行っている。

現在トラブルがないとしても、環境が変化すれば問題になる可能性があります。

だからこそ、

「問題が起きてから法務を見直す」のではなく、「問題が起きていない今だから見直す」。

これも一つの「不安経営」ではないでしょうか。

法務は企業の「裏方」から「ブランド」へ

企業法務は、売上を直接生み出さない「裏方」と考えられがちです。

しかしUXという視点から見ると、少し違った姿が見えてきます。

わかりやすい契約。
明確な料金。
適切な著作権処理。
公正な取引条件。
丁寧な説明。

こうしたものの積み重ねが、

「この会社なら安心して付き合える」

という評価につながります。

つまり法務は、会社を守るだけではなく、会社の信頼をつくる仕事でもあるのです。

そして中小企業にとって「信頼」は、大企業と競争するための非常に大きな資産になります。

法律とUXの共通点は「相手を見ること」

法律というと、どうしても「ルール」というイメージがあります。

UXというと、「使いやすさ」というイメージがあります。

一見、遠く離れているように見えます。

しかし両方を突き詰めていくと、

「相手の立場から考える」

という共通点が見えてきます。

契約書も、利用規約も、著作権の取り決めも、企業側だけの都合でつくるのではなく、

「相手はどこで不安になるのだろう」

「どこがわかりにくいのだろう」

「どうすれば安心して取引できるだろう」

と考えてみる。

そこから、企業法務の新しい役割が見えてくるのではないでしょうか。

「トラブルを防ぐ法務」から、「安心して付き合える会社をつくる法務」へ。

企業法務をUXで考える。

それは法律を難しくすることではなく、むしろ法律を「人に近づけること」なのだと思います。